自己紹介

- 名前
- 青木 茂 (あおき しげる)
- 血液型
- A型
- 身長
- 約174cm
- 体重
- ないしょ
- 性別
- 男
- 趣味
- ピアノ演奏。クラヲタに100の質問!/ピアノを弾く人に100の質問
- 好きなアーティスト
- サンソン・フランソワ。谷山浩子。
青木茂の歴史
- 1972年
- 神奈川県横須賀市で生まれる。時刻は13時13分。体重3515g。
- 1979年
- 大分県立豊府小学校入学。 よく憶えていないのだが、かなりの悪ガキだったらしい。授業が始まっても席にもつかなかったとか。現代ならADHDとやらに診断されて投薬されてたかもしれないが当時はのどかだった。集中力がないのは今も変わってない。少し前からカワイのオルガン教室なるものに通っていたのだが、この年からピアノの個人レッスンを受けるようになる。
- 1981年
- 横浜市立名瀬小学校に転校。悪ガキぶりはあいかわらずで、近所の子たちと喧嘩ばかりしていたらしい。このころ、いとこ(Delphi用TAllコンポーネントの作者)の影響などで計算機に出会う。
そんなわたしに父が買ってきてくれたのが、「I/O」1981年6月号。PC-8001やMZ-80のプログラミングの記事、あるいはワンボードマイコン製作記事などをむさぼるように読んだ。「I/O」の記事をまとめた「PC-8001活用研究」に出会い、毎日読みふけってたのをよく憶えている。今も本棚に眠っているこの本は宝物の一つ。
- 1983年
- いろいろあってPC-8001mk2を入手。本当はいとこもつかっていたPC-8001が欲しかったのだけど、ちょうどこの時期に生産中止になってしまったのだった。PC-8801よりも性能を抑えなければならなかったこの機種は、良くも悪くも中途半端だった。父の仕事の手伝いでプログラムを書いたりする。ニュートン・ラフソン法や回転変換の使い方を憶えたのはこの頃。
- 1984年
- 父が仕事の関係でPC-9801Eを入手してくる。ますます計算機にはまる原因となる。Z80のたかだか32KB(全アドレス空間は64KBあるけど、前半32KBはROMだったからね)のメモリ空間に慣れた身には、128KBのメモリ空間は無限に広く感じられた。しかも、i8086 8MHzの驚くほどの高速処理!たちまち、Z80 4MHzの動作がのろのろと見えるようになってしまった。このころ、小学校で後に妻となる女性と出会う(と書くとそのままずーっと続いてる幼馴染同士のカップルと思われるみたいだが、そうでもなかったりする)。
- 1985年
- 私立開成中学校入学。友人の影響でC言語を憶えたのはこの頃。ボート部に入部。身体の固い、軟弱な運動部員であった。勝った記憶は一度もない。ボート競技というのは後ろ向きに漕ぐので、勝っている時は相手が見えて辛い(らしい)のだが負けている時は何も見えず実に気持ちがいい。中学3年間を遊びたおす。
- 1988年
- 私立開成高校入学(内部進学だからそのまま居ただけって感じだけどね)。先輩に「才能がない」といわれたのを契機にボート部を退部し、管弦楽部に入部。楽器が弾けないので、指揮をすることに。文化祭でモーツァルトの交響曲第25番ト短調を指揮。
- 1989年
- 文化祭でベートーヴェンの交響曲第4番変ロ長調を指揮。モーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調のソロを弾く。
- 1990年
- 文化祭でモーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調のソロを弾く。卒業アルバムの製作や各種雑用など、高校生活を最後まで楽しむ。高校3年生でこんなことをやってるって時点で受験捨ててますね。
- 1991年
- 1年間のブランク、というか予備校生生活。と言ってもクラく毎日勉強してたワケもなく、それまでずっと男子校に通ってた反動で女の子のいる予備校はとても楽しかった。ロケーションがまた素晴しくて、ちょっと歩くと1000円札一枚で40冊の本が買える神田神保町の古本屋街。さらに歩くと魔界都市秋葉原。授業をサボってそのあたりをうろつくのを日課にしていた。
- 1992年
- 東京大学教養学部文科1類に入学。文系科目全滅だったのによく入れたものだと今でも思う。この年ばかりは真面目に大学に通ってたように記憶している。
- 1994年
- どこに進学するか(ちょっと)悩んだ末、東京大学法学部に進学(このときから工学部進学は頭にあった)。司法試験なんぞを一応目指してみたりするが玉砕。「砂漠」などとよく言われる環境に適応もせず抜け出すこともなく過ごす。
- 1998年
- またまた(すこし)悩んだ末、東京大学工学部に学士入学。 友人たちと合同でコンサートを開く。
- 1999年
- 建設マネジメント/開発システム研究室に配属。結婚。長女南菜海誕生。
- 2000年
- 2月、第2回コンサートを開催。東京大学大学院工学系研究科入学。所属は橋梁研究室。8月、第3回コンサートを開催。このときから会の名称を「ガラムマサラ」と定める。
- 2002年
- 長男喜之助誕生。
- 2004年
- 次男矯棟誕生。
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